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onjo
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思い邪(よこしま)無し

2010年02月20日

長州・萩博物館では

坂本龍馬は父親八平の死後 安政2(1856)年再び江戸へ剣術修行に出て3年後には北辰一刀流の免許皆伝となり土佐へ戻る その後の文久元(1861)年 江戸に滞在していた武市半平太(瑞山)は薩長土の3藩で密会して倒幕の意志を固め 土佐の同志8名を結集して土佐勤王党を結成した 後土佐に戻り募集を始めて最初に加盟したのが龍馬であった その年10月には武市の密使として長州へ赴き 翌年の1月「萩」で久坂玄瑞と面談し『・・・志あるものは一斉に脱藩して浪士となり 大いにそれらを糾合して義軍をあげるほか策はない』の言葉を聞いて藩内での活動に無意味さを感じたのか 同年2月に土佐に帰ってきたものの翌3月にはもう脱藩している
龍馬が本格的に長州藩との接触を持ったのはこの時となるが NHK大河ドラマ「龍馬伝」では3月下旬の第13回「さらば土佐よ」で描かれることになるのだろう とするとこのあたりから龍馬の積極行動が前面に立つから「歴史ドラマ」としては次第に面白くなってくることと思う しかしながら「篤姫」の時の「さらば桜島」のタイトルと実に似かよっていることか・・・
そもそも長州藩は毛利家が治めてきた大藩であったが 関ヶ原の戦いでは敗軍となり家康により領地を約4分の1に削られてしまった上 藩庁を瀬戸内海寄りの防府・山口にも設置を望んだものの 結局日本海側で三方を山に囲まれた「萩」に置くことしか認められなかった こうしたことが高じて長州には根強く徳川幕府に対する反発が残っていたのかも知れない 
ともかく「萩」には長く毛利家の居城があったわけで 吉田松陰主宰の「松下村塾」もここにあり 高杉晋作や久坂玄瑞他多数の維新の志士を生んだ地にもなっているわけである もっとも幕末の頃には幕府に認められて「山口」に藩庁を移転している
その歴史ある萩市には多くの「お宝」が残っており 現在 発音するに舌を噛みそうな「萩博物館」では 『初公開!萩博物館の宝』という直截的で非常にわかりやすい名称の企画展が開催されている 4/7までで その名の通り初めてお目にかかれる吉田松陰の書状や毛利家伝来の秘蔵の太刀など数多くのお宝が展示されているようだ
何故今まで公開されなかったかは不詳だが 「龍馬伝」放映が進むにつれて 「旬」の高知・長崎・京都そして新婚旅行先の鹿児島 また駆け出し時代の神戸・福井とある意味便乗関連地域も増えつつあるものの 早春の萩そして津和野・山口のコース旅行も今のうちならアナ場かも・・・と思う 

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